vendredi 22 mai 2015

口頭試問前夜

22 mai 2008

最初の経験になる口頭試問を明日に控えて、これから何やらごそごそやろうとしている

準備が終りそうもない状況の中、明日の今頃は何を考えているのだろうか

これがなければ、本当に天国なのだが、、、







mercredi 20 mai 2015

この人は何を考えて生きていたのか?

20 mai 2008

長い旅から帰ってきたかと思ったら、まだ丸二日しか経っていない。長く感じたその旅では最後のミニ・メモワールと格闘していた。経過はこんな具合だっただろうか。もう遠い昔のように感じられ、正確には思い出せない。

先週の土曜日、結局やる気にならず、日曜と月曜で仕上げようというかなり甘く、図々しい考えでいた。日曜も夜が深まり、周りから音が消えてきた時にやっとその気になってくれ、結局朝の鳥の挨拶を受けた。しかし、どう考えても終わりの見通しが立たない。締め切りは、月曜の夕方である。不本意ながら大学に連絡して、一晩締め切りを延ばしてもらうことにした。そして昨日から今朝に掛けて、最初の学生時代でもやったことがないだろう二日続けての準徹夜となった。そして、やっとのことで仕上げたものを今朝提出した。これで口頭試問2つを残すだけになった。9月締め切りのメモワールは残っているが、、。

今回のお相手は、ミシェル・フーコー(Michel Foucault: 1926-1984)。日本にいる時にはその名前とマスコミに上ってくる彼の人生の一部しか知らなかった。こちらに来て、彼がガストン・バシュラール(Gaston Bachelard: 1884-1962)、ジョルジュ・カンギレム(Georges Canguilhem: 1904-1995)からフランス精神を受け継いだ人間であることを知る。父親が医者であったためか、医業は継がなかったものの彼の思索は医学から始まり、常に人間の状況、人間の営みを突き詰めようとするものであった。彼の同時代人から前期と後期に亘って話を聞くことができ、非常に近い存在に思えてき た。未だその中に入るところまで行っておらず、入り口に立ったというところだろうか。

この間、いろいろなことがこの頭の中を巡っていた。こちらに来る前には、この地下に埋まっている人類の遺産を掘り起こしたいという想いを抱いていた。そして今回、それが意味する具体的なもの を感じることができた。その元にあるものは、一体この人間は何を考えて生きていたのか、何を知るために、何をやるためにこの世に現れたのか、という熱い想 いであった。大げさに言えば、自らの極限のような状況でその問いが現れたのだ。そういう想いを抱く対象が次第に増えてきているのは嬉しいことである。

朝一番にメモワールを提出した後、大学の中庭でカフェを口にしながらのんびりしていた(上の写真)。今回は、やり足りないという思いが強いからだろうか、解放感は全くなかった。それから夢遊病者のようにカルチエ・ラタンの散策に出かけた。



まず大学前の哲学書店 Vrin を覗く。興味を惹いた4冊を仕入れて、広場をゆっくり歩き始める。それまでも見ていたはずのこの像の台座に刻まれた名前が飛び込んできた時、この像が初めて意味を持つ存在になった。お恥ずかしいながら、オーギュスト・コント(Auguste Comte: 1798-1857)だったのだ。頭の上でのんびりと休んでいる鳩を追い払おうともせず、初夏の朝の日差しを受けていた。

裏通りを当てもなく歩いているうちに、次第に生気が蘇ってくる。暫くするといつも入るオデオン近くの医学書店 Vigot-Maloine が見えてきたので、買いたいものはなかったが入ることにした。眺めているうちに4冊ほどに手が伸びていた。勘定の時、こちらの大学の先生か、ひょっとして学生であれば5%の割引がありますということを聞き、驚いた。そんなことは今までに一度も聞かれたことがなかったからだ。先ほどのVrinではケスのところにその旨の紙が張ってあり、今や自動的に割引いてくれるが、こちらにはその案内はなかった。今回はありがたく学割を使わせていただいた。おそらく仕事に忠実な彼女が天使に見えてきた。これからもっと頻繁に来るようにしますから、と言ってその店を出た。近くのカフェで少し早いデジュネを取っている時、ひょっとしてこの2日間のこれまでにない集中のためにそれらしい顔になっていたのだろうかなどという思いも浮かんでいた。以前は旅行者と思われていたか、そもそも学生ですかなどと聞くのは時間の無駄だと思われていた可能性が高い。


ブログを離れて僅か2日しか経っていないが、私にとっては1週間くらいの印象がある。おそらく、ブログを通して外に開かれていないために自らを取り巻く状況に集中できたからだろう。そして、このような時間は非常に貴重なものに思えた。これからもこのような時間を持ちたいものである。


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(21 mai 2008)

オーギュスト・コントで思い出したことがある。3年ほど前にパリに来たことがある。ある朝、ホテルの近くを散策している時に彼に出会っていたのだ。名前は知っていたが、どういうことをやった人かは知らなかった。しかし、将来どこかで繋がってくるのではないかと漠然と感じ、シャッターを押していた。こちらに来てから彼の考えを聞くことになり、大変な人だということがわかってきた。そして昨日の不思議な再会。こういう糸を見つける楽しみは尽きない。


 その時の写真を以下に再掲したい。




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19 mai 2015

感想をいくつか


この日の記事に付けたタイトルは、それ以降も本を手に取った時に最初に浮かぶ問いになった

勿論、中身の技術的な面についても学ぼうとしている

しかしそれ以上に、その背後にある人間に興味があるということになるのだろうか


僅か2日間ブログを休んだだけで異常に感じていた当時の精神状態

自らの中に再現することもできない

ただ、最後の最後での必死さは伝わってくる

夢遊病者のように歩いたこの日の記憶は、はっきりと残っている


このところ読み直して感心しているのは、昔はびっしりと、しかも毎日のように書いていたことだろう

別人だったことが分かる




lundi 18 mai 2015

"I remember Clifford" by Benny Golson

18 mai 2008

私が最初に演奏したジャズの曲について、先日のコメントで触れたような気がする

久しぶりに聴いてみたくなり、探してみた

すぐに見つかったのは、リー・モーガンが演奏しているもの

懐かし いアート・ブレーキーとジャズ・メッセンジャーズ

そこにはこの曲を作ったベニー・ゴルソンがいる

それにしても、 皆さんお若い

では、お楽しみの程



 Tp : Lee Morgan
 Ts : Benny Golson
 P : Bobby Timmons
 B : Jymie Merritt
 Ds : Art Blakey


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18 mai 2015

今回、フレディ―・ハバードの演奏を加えてみた





もう一つ、ミルト・ジャクソンとベニー・ゴルソンのものも








dimanche 17 mai 2015

1年を振り返って(1)

17 mai 2008

今朝、目覚めてすぐにバルコンへ

紅茶のカップを口にやろうとした時 

目の前を真っ逆さまに落ちていく鳥を見る

お前さん大丈夫なの、と声を掛けたくなるような勢いだ

昼間には見かけない光景

朝の運動なのだろうか

しばらくして また・・・

古い階段教室で額を伝った脂汗から始った1年目は、昨日で終った。今は余りにも近すぎる過去なので、その全体が掴めない。これから時間とともにいろいろな顔を現してくれるだろう。ところで、ノートはA4より小型で200ページのものを使っていた。昨日それが丁度3冊目の終わりになった。この中にはほとんど忘れているが、見ると浮かび上がってくるであろう貴重な情報が詰まっている(はずである)。ただ、解読不能の文字に溢れているので、早めに見直しておかないと後で何のことかわからなくなることは間違いない。

この1年で、こちらに来る前に想像していた世界とは全く違う景色が私の前に現れてく れた。このノートは、目の前に茫洋と広がる新たな海を航海する海図のような役割を果たしてくれそうな予感がする。また、それを語っている日本では見かけたことのないタイプの人間が蘇ってくるだろう。今は気付いていない多くのものを刻み付けてくれたに違いない。折に触れ、それが顔を出すことを楽しみにしたいものである。

そんなことを考えていると

少々太めの鳩が寄ってきてくれた

ご同類と見たのか

警戒心も持たず

周りをきょろきょろしている


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17 mai 2015

ここで取り上げられているノートは、mémo と称して現在まで続いている

当時3冊だったメモは、今60冊を超えている

それまで一か月に1冊だったのが、1年ほど前から滞っている

受容する感受性が下がってきた証だろう

基本的な役割は、ほぼ終わったように見える

いずれにせよ、このメモがこれから貴重なものになるという感覚は時とともに増している  

このブログのように、溜まったものを少しずつ読み返すようになるのではないだろうか




samedi 16 mai 2015

パリの空、そして後期クール終了 Le temps changeant et la fin des cours

16 mai 2008

こちらに来て、天候で気付いていることがある。一言で言うと、変わりやすいということ。フランスで言えば、changeant となるだろうか。一日で、快晴、晴れ、曇り、雨、曇り、快晴を経験することが稀ではないのだ。日本にいる時には昼間から外の状況を観察してきたわけではないので何とも言えないが、これほどの変わりやすさではなかったような気がする。街を歩いていて雨が降り出すとどうして傘を持ってこなかったのかとよく悔いていたが、長続きしないことの方が多いと気付くと、少しどこかで雨宿りとか、雨に濡れるのも味なものなどとパリジャンを決め込み、気にならなくなってきた。雨とともにいるという感覚が生まれ、より自然に近付いたような気にもなってくる。要するに濡れたら拭けばよいだけの話で、生活のアクセントくらいに考えられるようになったのである。日本で仕事をしていたらそうは行かなかっただろう。雨は排除すべきものと考え、必死に傘をさしていたのではないだろうか。

ところで、後期のクールは今日ですべて終った。完全な解放感とは行かないが、それに近いものを感じた。よくぞここまで辿り着いたという思いがあるからだろう。先生の最後の言葉は "Profitez de vos vacances!" だった。英語だと "Enjoy" とか "Take advantage of" などを使うのだろうか。フランス語をよく見ると、本当にこの休みから何かを得るようにしなければ、などという考えが浮かんでくる。最後の仕事は残っている ものの、少しずつ考えていきたいと思っている。このように夏の時間を使うのは、おそらく生れて初めてではないだろうか。

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16 mai 2015

天候の変わりやすさも1年目で気付いていたのか、という思いである

それ以来、その変わり易さが何とも愛おしいものに見えてきたこともどこかに書いている

 その感情は、今も変わっていない





vendredi 15 mai 2015

怠惰を飼い馴らしながら En apprivoisant ma paresse

15 mai 2008
Aux étudiants morts pendant la Résistance
 Gaston-Clotaire Watkin (né en 1916 à Toulouse) 
@Jardin du Luxembourg

大学はまさに大詰めの始まりである。今、やっとのことで今日締め切りの宿題を終えることができた。手を付け始めてから1日である。手をつけるまでが苦し い。一体いつになったら始めるのか、という思いでいるからだ。そして残り1日で書かなければならないもう一つの苦しさがある。二重苦である。しかしこれまでの経験から、これ以外には自分のやり方はなさそうな気がしてきた。自らの怠惰に耐えながら進むしか道はなさそうである。

そう考えていた時、この 「耐える」 を 「飼い馴らす」 と言い換えると、気分が少し楽になることに気付く。この人生を歩む時、いろいろなものを apprivoiser していくのが賢いやり方なのかもしれない。それに気付き、それを実行できるようになるまでにどれほどの時間が必要だというのだろうか、私の場合には。

次は来週月曜までのミニ・メモワール。ほとんど手付かずである。これなどはどんな結末になるのか、今は予想もできない。

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15 mai 2015

最初からこの状態であったことが分かり、ある意味では救われるところがある

今まさに、7年前の今日と同じ状況に置かれているからである

当時を思い出し、糧にしたいところなのだが、、、





mercredi 13 mai 2015

メールのトラブル、そして杉からマロニエへ? Des problèmes de l'e-mail, et du cèdre au marronnier ?

13 mai 2008
L'acteur grec

数日前、元の職場から連絡が入った。私の退職が昨年の年度途中だったため、その間の研究成果をまとめて送ってほしいというもの。送り先として3つのアドレスが付いていたので、何としても報告書をもらおうという担当者の執念が伺えた。この間のやりとりで、いくつかのことが分かった。そのいずれに関しても、原因は未だに不明である。

数ヶ月ほど前からだろうか、日本で使っていたアドレスからは書類の添付ができなくなった。なぜかわからない。そこで、こちらに来てから作ったフランスのアドレスから送ってみた。しかし、日本の他の場所には問題なく送れるのだが、なぜか元の職場には届いていないという。そこで別のアドレスから送ると、今度は数字が多く現れる今までには見たことのない文字化けで全く判読不能との連絡が入った。
こういうことは今までにはなかったが、フランス版からコピーしたためだろうか。そこで新たに書き直すとうまく行ったようだ。しかし、その翌日にこのアドレスに来たメールにその場所で書いて送ったところ、これも文字化けとのこと。結局昔から使っているアドレスから返事を出すことになった。どうなっているのか、さっぱりわからない。

ところでこのところ鼻がムズムズしてきて、クシャミなどが出るようになっている。寝不足のための風邪とは少々症状が違うような気もする。そう言えば、最近いろいろな木々とのお付き合いを積極的にしている。スギの代わりにマロニエ・アレルギーということでなければよいのだが、、、
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13 mail 2015

読み直しても、書いてあることがよく分からない

その時は分かるだろうと思って書いているが、後で読み返すと分からないことが稀ではない

今回少しだけ手を加えたのだが、、、

逆説的だが、日常の具体的なことを時空を超えて理解可能にすることの方が難しいということなのか


これまで何度も書いているが、スギ花粉症のないパリは天国である

新しいアレルギーが始まったと思ったことは何度もあるが、その最初が初めての春だったとは・・・

今感じていることのほとんどは、最初の1-2年での経験が基になっているのかもしれない






mardi 12 mai 2015

リュクサンブール公園にて Au jardin du Luxembourg

12 mai 2008
 Le faune dansant (bronze, 1852)


連休最後の今日、散歩と森林浴をかねてリュクサンブール公園へ出かける





そして、すっかりやる気を失くして帰ってきた

パリのこの季節にすべてが緩みつつある



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12 mai 2015

この公園、このところ御無沙汰している

改めて見直してみると、この日の解放感溢れる気分がよく表れている写真である

すべてはファウヌス/パーンのあの姿を発見したときから始まった

それにしても緑が素晴らしい

その通りに、この目に映ったはずである






lundi 11 mai 2015

休日の朝、ジャン・リュック・マノー、そしてアンドレ・ケルテス Jean-Luc Manaud et André Kertész

11 mai 2008
Moselle (1991)

Reportage à 1.250 mètres de profondeur auprès des derniers mineurs français. Extraire une tonne de charbon coûte alors 700 francs, tandis que son prix de vente est de 500 ; ce qui signe la disparition d'un métier pénible et dangereux, si bien décrit par Émile Zola.

ジャン・リュック・マノーさんの作品「モゼル」

地下1250メートルで出会ったフランス最後の炭坑夫の顔

1トンの石炭を採るのに700フラン、その値段が500フラン

それが危険で大変な仕事が消えた理由になった

エミール・ゾラも名作 「ジェルミナール」 に書いている


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今朝もバルコンに出て 空とともに時間を過ごす

これ以上望めない快晴

太陽の日差しが痛い

テーブルには蜘蛛が引いた糸が太陽に反射している

今日の飛行機雲の軌跡は短い

あたかも海を行く小船を空から見る思いだ

鳥の囀りが何と心地よく聞こえることだろう

その主を知りたいものだ

そんな中、遠くから教会の鐘が聞こえてきた

すべてが溶け合っているかのような 休日の朝


バルコンに出る前、二宮正之訳のジードの記事を読む

訳者は二十代後半からヨーロッパへ

現在ジュネーヴ大学名誉教授

そこから森有正へ

学生時代「遙かなノートル・ダム」を読み、どこか遠くへ思いを馳せていた

それにしても、もう古書の仲間入りとは・・・

日本では読むことにならなかったエッセイ集成(二宮編)

覗いてみると何とよく入ってくることか

これから折に触れ付き合ってみたい、と思わせてくれる


ところで、私がたまに訪れる場所にル・モンドのブログ “Françaises, Français…” がある

そこでしばしば新しい人が紹介されているからだ

今回は、ハンガリー生まれでアメリカに帰化したこの写真家に出会った

  アンドレ・ケルテス André Kertész
(2 juillet 1894, Budapest - 28 septembre 1985, New York)

彼の人生とそのお姿は、上の二つのリンク先で

彼の作品には、例えばこちらで触れることができる


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11 mai 2015

 上の写真を撮ったジャン・リュック・マノーさんを調べてみたところ、今年亡くなっていた


紹介によるとチュニジアの南にあるガフサで生まれ、15歳までそこで育ったという

そのため、砂漠に生きる人たちの写真もあるという

上の炭鉱夫の写真で、昨年訪れたランスのことを思い出した

ルーブルが建っていたのが、炭鉱跡地だったからだ

 Louvre-Lens を訪問 (2014.10.5)


クロード・ベリ(Claude Berri, 1934-2009)監督による Germinal (1993) のトレーラーが見つかった








リュトブフの嘆き "La complainte de Rutebeuf" - Gantz

11 mai 2008

先日、中世の詩人リュトブフについて紹介した

その詩人を紹介してくれたフランス人で、現在アメリカにいるFから新たな連絡が入った

先日もリュトブフの詩が現在も歌われていることに触れた

今回は現役バリバリの歌手が歌っているのできっと気に入るだろうとの言葉を添えて送ってきた

Gantz というフランスのグループで、Fが日本にいる時にツアーで来た彼らに会ったとのこと

興味のある方のために、以下にアップした

なお、Fからは 「ボリュームはできるだけ上げて!」 とのこと

お楽しみの程



La complainte de Rutebeuf --- Gantz

Un malheur n’arrive jamais seul
Tous ceux qui devaient m’arriver
Me sont advenus. Que sont mes amis devenus ?
Que j’avais si près tenu. Et tant aimé
Je crois qu’ils ne furent pas bien semés
Ils furent trop clairsemés. Et ainsi sont disparus.
De tels amis m’ont mis en mauvaise situation
Car jamais aussi en moins côté
Je n’en vis un seul en ma maison
Je crois le vent les m’a ôté

L’amor est morte. Ce sont amis que vent emporte
Et il ventait devant ma porte. Ainsi emporta
Nul ne me conforta. Ni du sien ne m’apporta
Ceci m’apprend ! Qui a des biens en privé les prend
Et s’il trop tard se repend de son avoir. Pour faire amis.
Qu’il ne les trouve à moitié à lui porter secours

Or laisserai donc fortune aider
M’entendrais à moi, secourir. Si je puis faire
Il me faut aller trouver mes bons seigneurs
Qui sont courtois et débonnaires. Et m’ont nourris
Mes autres amis sont tous pourris
Je les envoie à maître vidangeur et les lui laisse
On en doit bien faire son lais

En tels gens laissés en relais sans réclamer
Il n’y a rien en eux à aimer
Que l’on doive à amour clamer !


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11 mai 2015

最近のYoutubeは、次から次に曲が出てくるようになっている

五月蠅い時もあるが、思いも掛けないものが出てくることもある

ガンツの次に出てきた曲も悪くなかったので、以下にアップした




今日の雰囲気には合わないが、ポーランドからの歌声も・・・

切りがないが、7年前の今日とのコラボという雰囲気もあり、面白い





上の記事を読んでまず思ったのは、そう言えばFは今どうしているのかということだった

その後の7年間、コンタクトしていなかったのではないだろうか

今でもこの世界のどこかでフランス語を教えながら生活しているのだろうか







dimanche 10 mai 2015

学割と老人割引 Réductions pour les étudiants et les les personnes âgées

10 mai 2008

こちらで学生になってから、生活のやり方や考え方にいろいろな変化が見え始めている

ひとつは生活をできるだけ簡素にするようになっている

そうせざるを得ないからだろうが、私の理想でもある

それは倹約ということをも要求するようになる

そこで以前と同じような生活をしようとすると、社会が提供するサポートに頼らざるを得なくなる

先日の図書館の発見などそのよい例かもしれない

雑誌など買う必要もないし、その場に行くと今まで読んでいた以上の情報が 手に入るようになる

CDやDVDも然り

また、この冬のある日のこと

近くのお店で支払いの列に並んでいる時、前の人の肩にスケートが見えたので聞いてみた

すると、この界隈にスケートリンクがあるという

なぜか日本からホッケー用のスケートを持ってきていたので、これも利用できる

さすがにスキーは置いてきたのだが・・・

この社会が(勿論、われわれの税金で)提供しているサービスに目が行っているのを感じる

日本ではこのような視点はほとんどなかったので新鮮である

お金を出している方としては当然のことだと言ってしまえば、それまでなのだが・・・

同様のことが、他にもいろいろありそうである

これから事あるごとに、周りを見回すこ とになるだろう

先日のこと、いずれ学割と老人割引の両方が使える日が来ないものかと考えていた


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10 mai 2015

その後、そのような日は来ないことが分かった

当然だろう

学割か老人割引のどちらかが使え、両方とも同じ割合になっていることが多い





samedi 9 mai 2015

夏模様 L'été est déjà là ?

22h, 9 mai 2008

 今日は解放感で目が覚める

11時から始るクールに向かう

街ゆく人はもう夏の装い

冬から抜け出たような人は私くらい

講堂に向かうも、いつも待って いる人が一人もいない

後で数人の学生が来たので聞いてみると、お休みじゃな~い、という感じ

解放感がさらに広がる

掲示板には後期の試験の日程が発表になっていた

1週間後にもう一つのミニ・メモワール

口頭試問は2週間後と6月初めとなっていた

いよいよ大詰めといったところである



大学前の広場も夏模様

カフェも全開である

近くのVrinでフーコーのコレージュ・ド・フランスでの講演集を仕入れる

それを向かいのカフェで読み始める


それからルクセンブルグ公園の方へ足を向ける

日本の友人が新緑のパリの写真を求めていた

公園周辺のマロニエの並木道にいつも展示されている写真を合わせて撮る

白のマロニエとともにピンクと赤の中間くらいの色のものもある

本当に気持ちのよい季節になってきた

わたしの方はもう少しの辛抱ということになるのだろうか






この日曜日がPentecôte(聖霊降臨祭)で、翌日の月曜日が"lundi de Pentecôte"

フランスなどヨーロッパ諸国ではお休みということが判明

実は昨日がヨーロッパ戦勝記念日(8 mai 1945)だったので、今日を"faire le pont"すれば5連休

先週から始る大型連休だったことがわかった

こちらではどこかに浮いている精神に住んでいて、未だ現実感がないということかもしれない



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10 mai 2015

上の写真を前の場所で見た時には、かなり前の古びたものに見えた

この場に置いて1日が経過すると、この連休中に見た景色のように感じてくる

実に不思議である

 ただ、7年前に感じた 「夏!」 という昂揚感はそこにはない今年ではある

それは、慣れが齎しているものなのかも知れない





締め切りの夜に A la nuit de la date limite

2h, 9 mai 2008

昨日の夕方、バルコンに出て暫しの間空を行く鳥を眺める ・・・・ 鳥になって

部屋に戻ると轟音が聞こえる

5センチにはなろうかという蜂が悠々と飛び回っている

少し慌てたが、しばらくするとどこかへ飛んで行った


ミニ・メモワール締め切りの夜、バルコンで読み、メモを取る

9時半を過ぎると目が霞んできた

部屋に入り最後のまとめをする

何とか真夜中には終わらすことができた

より正確には、終わりにした


もちろん満足がいくところからは遥かに離れているが・・・

今の状態では致し方ないだろう

いつものようにどうして普段から、という思いが過ぎる

これまではそれを責めていたのが・・・

今回はそういう人なのだから、と受け入れていた

その方が楽になれるからだろうか

このやり取り、当分の間続きそうである


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14 mai 2015

空行く鳥と眺める楽しみは、飛行機雲を眺める楽しみとともに今に続いている

この大きな蜂は、その後も何度か部屋に入ってきた

次第に蜂が仲間のようになり、蜂の気持ちに寄り添いながら眺めるという心境になってきた


当時は、真面目に論文に向き合っていたようだ

ここ数年は学生を卒業したような気分で生活していた

 今回、7年前と共に歩み始めてみると、少しずつだが学生の心境が戻りつつあるようにも感じる





jeudi 7 mai 2015

「科学の前にヴェールを脱ぐ自然」 La nature se dévoilant devant la science

7 mai 2008
La nature se dévoilant devant la science
Louis-Ernest Barrias (1841-1905)
@Univ. Paris V


自然が科学の前にベールを脱ぎ、その姿を現わそうとする像である

ルイ・エルネスト・バリアスの作品

1889年にボルドー大学の新しい医学部のためにバリアスが依頼されたとのこと

それ以来、いろいろなバージョンが作られているようである

この像にはこれまで何度もお目にかかっている

パリ第5大学の医学図書館に向かう階段のホールに置かれているからである

以前にもここで階段の上から撮った写真を紹介したように記憶している

しかし、その時はその意味にまだ気付いていなかった

目を凝らすと、この町にあるいろいろな歴史がそこら中から浮かび上がってきそうである


オルセー美術館(Musée d'Orsay)にある作品はこちらから観ることができる


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7 mai 2015

ボルドー大学の像は、去年の訪問で拝んでいる

以下の記事にその写真がある

パリのものより鷹揚であり、大胆でさえある



7年前にボルドー大学の像について触れたことは、すっかり忘れていた

このような繋がりを見つけるのも新たな発見に入るだろう

小さな楽しみが増えたことになる





mercredi 6 mai 2015

尻に火が付かないと、あるいはエレーヌ・シュミット Ce que je ne comprends pas, ou Hélène Schmitt

6 mai 2008

春休みが終わり、1年のまとめの時期に入っているはずだが、全くその気にならず困っている。大体私の性向がわかってきているつもりだが、一体どうするつもりなのか。前期で拍子抜けしてしまったのだろうか。明日までにミニメモワールを一つ、その1週間後にもう一つの締め切りが迫っている。前者は休み前までに70%くらいまで来ていたが、休み中は手付かず。来週のものについては全く手が付いていない状態である。その他にも口頭試問の準備などが控えている。

先日、直木賞をもらった女流作家のインタビューに行き当たった。彼女の日課は次のようなものだった。毎朝2-3時間で10-15枚書いて仕事は終わり、午後は外に出て出版社で打ち合わせたりする。そして夜1冊読んで寝るらしい。この数字を見て、根拠のない安心感が襲っていた。ミニメモワールは10-15枚程度なので、彼女の半分の仕事量でも2日で終る。メモワールが50枚としても1-2週間で終る計算になる。実際にはそうは行かないことはわかりきっているのだが、数字の魔術で気分が晴れていた。その晴れたままの状態でここまできているようだ。彼女は締め切りぎりぎりになって間に合わなくなることを恐れているために、規則正しく余裕を持って書く習性が付いてしまったとのこと。私の場合は、尻に火が付かないとやらないというタイプに間違いなさそうである。

それからこちらに来てからの精神状態を振り返ってみると、あることに気付く。それは一つのことに打ち込もうとすると、他の多くのことが気になってそれができないのである。これだけ異なる内容のことを平行してやることなど、学生時代以来なかったからではないだろうか。そのため結局どれも打ち込むことなく締め切 り間際になり、他のことを無視してできる期間として数日を用意していたようにも見える。

ところで、先日紹介したエレーヌ・シュミットさんのバッハ。全くの偶然で借りてきたものであるが、語りかけてくるような、やや肉感的なそのバッハが気に入りつつある。

(I: BWV 1001, 1002, 1004; II: 1003, 1006, 1005)  


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7 mai 2015

こちらに来た当初から同じことを言っていたのに驚く

その意味では、全く学習していない

今改めて言うとすれば、「尻に火が付いるはずなのに」 となるだろう

何か一つのことをやり遂げるというのではなく、どこまでもアマチュア(amateur)を貫きたい

そういうことなのだろうか





mardi 5 mai 2015

ザビエル・ビシャー Xavier Bichat

5 mai 2008
 

マリー・フランソワ・ザビエル・ビシャー
(14 novembre 1771 - 22 juillet 1802)


この方と今読んでいる本の中で出会った。

ルイ15世の統治下に生れる。リヨンでアントワーヌ・プティ(Antoine Petit)の下で医学の勉強を始める。しかし、フランス革命が始まり、ジロンド派を受け入れたリヨンは1793年に攻囲され大虐殺が行われる。彼はパリで医学の勉強を終える。


L'Hôtel-Dieu

1800 年には29歳の若さでパリ市病院(l'Hôtel-Dieu)の医師に任命される。この間、膨大な解剖学の研究を発表。そのため健康を害し(結核性髄膜炎か)、病院の階段から落ちて亡くなる。わずか30歳であった。現在、ペール・ラシェーズに眠っている。彼の仕事は、死体解剖により生理機能を明らかにしようとするもので、特に組織の概念を打ち立てた。顕微鏡は用いなかったものの組織学の祖と呼ばれている。また生物現象を物理学や統計学を持ち込んで説明しよ うとする考えや集団における平均という考え方には猛烈に敵意を示した。彼の著作はショーペンハウアーも読んでいたようで言及されている。ビシャーの哲学を表す言葉として、次のものが有名である。

« La vie est l'ensemble des fonctions qui résistent à la mort »
「生命とは死に抗するすべての機能である」

彼の死後、Jean-Nicolas Corvisartはナポレオン・ボナパルトに次のような手紙を書き送っている。

« Personne en si peu de temps n'a fait autant de choses et si bien »
「これほどの短い間に、多くの仕事をこれほど立派に成し遂げた者はいない」

また、ギュスターヴ・フローベールは次のような賛辞を送っている。

« La grande école médicale française est sortie du tablier de Bichat »
「偉大なフランス医学はビシャーの仕事から生れたものである」

エッフェル塔には72賢人の名前が記されているが、その中に彼の名前が含まれている。
興味深いのでご覧いただきたい(soixante-douze savants)。





dimanche 3 mai 2015

飛行機雲、あるいはポール・ボウルズ Les traînées des avions ou Paul Bowles

3 mai 2008

今日の午前中 久しぶりにバルコンに出て 空を眺めて過ごす

気持ちのよい季節になってきた

面白いように 次から次に 飛行機雲が現れる

どこからともなく 気持ちよさそうに

バルコンの壁の配線のように伸びていた蔦には緑が溢れている

週末のこの空とともに過ごすために パリにいるかのようだ


春休み最後の週末

当初の予定は片付かないまま いや手付かずのままだ

やらなければならないと決めた時には その気が失せている

それ以外に向かうのだ

この休みにもいろいろな人に出会った

昨日はポール・ボウルズ(Paul Bowles, 1910-1999)に

モロッコのタンジェで後半生を過ごし その地で果てたニューヨーカー

音楽家 作家 永遠の旅人 ...

彼の人生に現れるアーロン・コープランド ヴァージル・トムソン ガートルード・スタイン ...

この心に翼が生えてくるのが見えるようだ





samedi 2 mai 2015

バッハ、そして九鬼周造という人 Bach, et qui est Shuzo Kuki ?

2 mai 2008

昨日がLa Fête du Travailで今日が金曜日なので、日本で習ったフランス語で言えば、まさに "faire le pont" して4連休にできることになる。昨日はこの辺りの街には人が少なかったが、今日はのんびりとした雰囲気で多くの人が繰り出していた。郵便局に寄った後、図書館でバッハのCDを借りて帰ってきた。例えば、

JS Bach "Sonatas & Partitas" (BWV 1001-1006) Hopkinson Smith (luth baroque)
JS Bach "Sei Solo a Violin senza Basso accompagnato - I, II" (I: BWV 1001, 1002, 1004; II: 1003, 1006, 1005) Hélène Schmitt (violon)

ホプキンソン・スミス氏は1946年ニューヨーク生れのアメリカ人で、大学卒業後ヨーロッパに渡り、現在はスイスのバーゼルに住んでいる。一方のエレーヌ・シュミットさんは、今年の6月に日本公演をするようである(詳細はこちら)。この他に4枚借りたので、今夜はいろいろなBachを聞き比べながらの夜長になりそうだ。


ところで以前にいただいたコメントの中に、九鬼周造と同質のものをこの場に見ているというような言葉があったように記憶しているが、それ以来この方が気になる存在になっている。その思いがこの休みに顔を出した。

九鬼周造 (1888年2月15日 - 1941年5月6日) 京都大学・日本哲学史研究室の紹介

私が唯一知っている「『いき』の構造」などの作品に触れる機会はまだないが、ネットをサーフしている時に松岡正剛氏による解説に出くわしたので読んでみた。原典に当たってみなければわからないが、彼が自らの存在をどのように捉えていたのか、あるいは彼がどのように外界と接していたのかについて読んでいる時、確かにある共通点はありそうな気がしてきた。その解説の中にあった九鬼の言葉を引用してみたい。

「松茸の季節は来たかと思ふと過ぎてしまふ。その崩落性がまたよいのである。(中略)人間は偶然に地球の表面の何処か一点へ投げ出されたものである。如何にして投げ 出されたか、何処に投げ出されたかは知る由もない。ただ生まれ出でて死んで行くのである。人生の味も美しさもそこにある」

「私は秋になって、しめやかな日に庭の木犀の匂を書斎の窓で嗅ぐのを好むやうになつた。私はただひとりでしみじみと嗅ぐ。さうすると私は遠い遠いところへ運ばれてしまふ。私が生まれたよりももつと遠いところへ。そこではまだ可能が可能のままであつたところへ」

ただ、この解説を読む限りでは、この方の考えや生き様にもの凄い湿気を感じてしまい、ついていけるのかどうかわからないという印象を持ってしまう。しかし、いずれこの肌でその感触を味わってみたいという思いに変わりはなさそうである。




vendredi 1 mai 2015

哲学、中国、ありがたいお言葉 La philosophie, la Chine, et des mots encourageants

1 mai 2008

昨日は、パスツール研究所の会の後、大学の研究所で行われたワークショップ(英語と一部フランス語)に顔を出した。こちらは「生物(organism) とは何か」という哲学的問に関するもの。生物学者のほとんどは気にも掛けていない問題かもしれない。あるいは結論の出ない問題として横に置いていると言っ た方が誤解がないだろうか。今年の2月に「生命を定義する」 というシンポジウムを聞いたが、その時の印象が蘇ってきた。一つの定義(a definition)を出すことは可能だろうが、万人が認める定義の決定版(the definition)に辿り着くのは不可能ではないかと思わせる内容であった。もちろん、その不可能なことを問い続けるのが哲学なのだろうが、、

今日は朝5時半の携帯から始った。お相手は、学生時代のオーケストラの先輩M氏でドイツからであった。卒業してからはお会いしていないのではないだろうか。懐かしいお声を聞くことができた。早期に退職されたのだろうか、もう10年ほど中国でお仕事をされているとのこと。今回はパリ郊外で仕事をされた後イギリ ス経由で帰られるとのことで、お会いすることは叶わなかった。お話によると、紹介されて私のブログをこれまで読んできたが、2ヶ月ほど前から見ることができなくなったという。右下のアクセス元がわかるClustrMapsでは、確かに中国に赤い点がある。当局にとってよろしくない記事でもあったのだろうか。今、3月の記事リストを見てみたところ、有害図画掲示と思われなくもない記事が見つかった。それが原因かどうかわからないが、驚いてこの話を聞いてい た。

その直後に届いたメールには、次のような励ましの言葉が添えられていた。

貴君の文章は簡明で愉しい文章です。
 明るさがあって読むものに何かしら光るものを与えるような文章です。
 いつも何かを探している人には、たのしみな文章でもあります。

全く思ってもいなかった視点からの言葉だったので、有難い気持ちで満たされると同時に勇気づけられる思いであった。La Fête du Muguet の贈り物だったのだろうか。