この週末、久しぶりにゆっくりしたのか、第三者の目で部屋を眺めると、足の踏み場もないくらい本や資料が散らばっていることに気付く。横に寝ていた本を縦に立てることでかなりのスペースができたので、少しすっきりした。こちらに来てから仕入れたそれらの本の数をざっと数えてみたところ、200冊程に
なっている。もちろん、目を通している方が少ないのだが、どうしてこんなに手に入れていたのかわからない。おそらく、どうしてよいのかわからないために、
とにかく何でもよいから読んでおきたいとでも思っていたようである。日本ではこんなことはなかったので驚いている。バルテュスの「わたしは常に格闘してきました。それはどうすればよいのかわからなかったからです」という言葉を一瞬思い出していた。
ところで、その中にあった本を読んでいる時に以前から不思議に思っていた疑問に一つの答えが与えられたような気がするところに出くわした。その疑問とは、「記憶する水」 (2007-07-14) と題してハンモックでも取り上げたことのある現象を見出すに至った精神の運動についてである。簡単に振り返ってみたい。
ジャック・バンヴェニスト Jacques Benveniste (12 mars 1935 - 3 octobre 2004)
このフランスの免疫学者は次のような実験をした。アレルギーを起こす元になる抗体 (IgE) を含む血清をどんどん薄めていき、その中に抗体の一分子も含まないところまでもっていく。その上でこの希釈された血清を用いてアレルギー反応が起こるかどうか調べたところ、彼の手によると反応が見られたとして、1988年に雑誌 Nature に発表した。マスコミは、この現象を水には記憶する力があるとしてセンセーションを巻き起こしたが、その後の公開実験などで再現性は見られず、バンヴェニ スト事件として記憶に留められている。
この話をパリを訪れた時に友人MDから聞いた時に、うまく説明できないが不思議な気分が私を襲っていた。こういう実験は偶然驚くべき事実を見つけたというよりは、最初に水には記憶があるはずだという想定のもとにこのような実験をやったとしか考えられな かったからだ。つまり、彼がなぜそのような考えを抱くに至ったのかに強い興味が湧いていたのである。
今回、医学思想史の本(Maurice Tubiana "Histoire de la pensée médicale")を読んでいる時に、18世紀に新しい考えを実践したドイツ人医師に関する記述が出てきて、思わず膝を叩いた。
Samuel Hahnemann (10 avril 1755 à Meissen, Allemagne - 1843 à Paris)
すでにご存知の方も多い領域だとは思うが、私はこれまでよく考えることもなく避けてきたところである。陶器の名産地で絵付師の息子として生れたサミュエル・ ハーネマンが考えたホメオパシーという療法。一般の治療がアロパシーと言われ、ある症状を抑えるにはそれに抗するもので対処する(熱を下げるには解熱剤な ど)のに対して、ホメオパシーは"loi de similitude"という考え方を用いる。つまり、健康な人に症状を起こす物質こそ病気を治すのに使えるというものであるが、その毒とも言える物質の濃度を極端に薄め、出来上がった液体の中に毒が1分子も含まれないという条件のもとに・・・という件を読んだ時、これはまさにバンヴェニストがやったことと同じだとわかる。彼のアイディアはヨーロッパに根付いているハーネマンの思想に基づいていたのである。ホメオパシーがどの程度の科学的根拠を持っているのかわからないが、リブレリーに行きその方向に足を伸ばしてみると関連の本で溢れている。信奉者が多いのかもしれない。
この話はそこで終らなかった。先日、近くの図書館に行き新聞・雑誌の切り抜きファイルを何気なく捲っていた時のこと、エイズウイルスの発見者として有名なリュック・モンタニエ(Luc Montagnier)氏 のインタビュー記事が目に入ったので早速読んでみた。その中で、彼がバンヴェニストの「水の記憶」の仕事を再検討しようとしていることを知る。最近彼は 「水の記憶」の仮説だけが説明できる現象を見つけたとして、この現象を否定するところから入っていくと何も起こらないだろう、むしろその存在を厳密に確かめる態度が必要なのではないかと語っている。病を持つ人がいる時に、現在説明ができないからといってそれを退けてしまってよいのか、という態度だろうか。 さらに、細菌やウイルスの間でも「水の記憶」と同様に電磁波による情報交換が行われているのではないかと推測している。この生物学と物理学の交差するところに新しい分野があるのではないかと考えている。そして、この点に焦点を合わせた新しい概念に基づく研究所の設立を考えていて、中国やイタリアは興味を示 しているがフランスはまだのようだ。
彼の新著”Les combats de la vie”(生命の戦い)の中では、この話をカール・セーガンのこの言葉で締めくくっている。
“Absence of evidence is not evidence of absence” (Carl Sagan)
この話を読んで、晩年にビタミンCによるがん治療を唱えて正統派の科学者としては晩節を汚したと見られているライナス・ポーリングを思い出したが、彼の場合はどのようなことになるのだろうか。この研究の行方を見守りたい。
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(14 avril 2008)
ところで、その中にあった本を読んでいる時に以前から不思議に思っていた疑問に一つの答えが与えられたような気がするところに出くわした。その疑問とは、「記憶する水」 (2007-07-14) と題してハンモックでも取り上げたことのある現象を見出すに至った精神の運動についてである。簡単に振り返ってみたい。
ジャック・バンヴェニスト Jacques Benveniste (12 mars 1935 - 3 octobre 2004)
このフランスの免疫学者は次のような実験をした。アレルギーを起こす元になる抗体 (IgE) を含む血清をどんどん薄めていき、その中に抗体の一分子も含まないところまでもっていく。その上でこの希釈された血清を用いてアレルギー反応が起こるかどうか調べたところ、彼の手によると反応が見られたとして、1988年に雑誌 Nature に発表した。マスコミは、この現象を水には記憶する力があるとしてセンセーションを巻き起こしたが、その後の公開実験などで再現性は見られず、バンヴェニ スト事件として記憶に留められている。
この話をパリを訪れた時に友人MDから聞いた時に、うまく説明できないが不思議な気分が私を襲っていた。こういう実験は偶然驚くべき事実を見つけたというよりは、最初に水には記憶があるはずだという想定のもとにこのような実験をやったとしか考えられな かったからだ。つまり、彼がなぜそのような考えを抱くに至ったのかに強い興味が湧いていたのである。
今回、医学思想史の本(Maurice Tubiana "Histoire de la pensée médicale")を読んでいる時に、18世紀に新しい考えを実践したドイツ人医師に関する記述が出てきて、思わず膝を叩いた。
Samuel Hahnemann (10 avril 1755 à Meissen, Allemagne - 1843 à Paris)
すでにご存知の方も多い領域だとは思うが、私はこれまでよく考えることもなく避けてきたところである。陶器の名産地で絵付師の息子として生れたサミュエル・ ハーネマンが考えたホメオパシーという療法。一般の治療がアロパシーと言われ、ある症状を抑えるにはそれに抗するもので対処する(熱を下げるには解熱剤な ど)のに対して、ホメオパシーは"loi de similitude"という考え方を用いる。つまり、健康な人に症状を起こす物質こそ病気を治すのに使えるというものであるが、その毒とも言える物質の濃度を極端に薄め、出来上がった液体の中に毒が1分子も含まれないという条件のもとに・・・という件を読んだ時、これはまさにバンヴェニストがやったことと同じだとわかる。彼のアイディアはヨーロッパに根付いているハーネマンの思想に基づいていたのである。ホメオパシーがどの程度の科学的根拠を持っているのかわからないが、リブレリーに行きその方向に足を伸ばしてみると関連の本で溢れている。信奉者が多いのかもしれない。
この話はそこで終らなかった。先日、近くの図書館に行き新聞・雑誌の切り抜きファイルを何気なく捲っていた時のこと、エイズウイルスの発見者として有名なリュック・モンタニエ(Luc Montagnier)氏 のインタビュー記事が目に入ったので早速読んでみた。その中で、彼がバンヴェニストの「水の記憶」の仕事を再検討しようとしていることを知る。最近彼は 「水の記憶」の仮説だけが説明できる現象を見つけたとして、この現象を否定するところから入っていくと何も起こらないだろう、むしろその存在を厳密に確かめる態度が必要なのではないかと語っている。病を持つ人がいる時に、現在説明ができないからといってそれを退けてしまってよいのか、という態度だろうか。 さらに、細菌やウイルスの間でも「水の記憶」と同様に電磁波による情報交換が行われているのではないかと推測している。この生物学と物理学の交差するところに新しい分野があるのではないかと考えている。そして、この点に焦点を合わせた新しい概念に基づく研究所の設立を考えていて、中国やイタリアは興味を示 しているがフランスはまだのようだ。
彼の新著”Les combats de la vie”(生命の戦い)の中では、この話をカール・セーガンのこの言葉で締めくくっている。
“Absence of evidence is not evidence of absence” (Carl Sagan)
この話を読んで、晩年にビタミンCによるがん治療を唱えて正統派の科学者としては晩節を汚したと見られているライナス・ポーリングを思い出したが、彼の場合はどのようなことになるのだろうか。この研究の行方を見守りたい。
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(14 avril 2008)
モンタニエ氏によると、フランスでは5人に一人がこの療法の信奉者(adepte)で、ホメオパシーの医師(médecin homéopathe)が1万8千人もいるとのこと。日本との違いを思い知らされる。
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