今日で3日間に亘った会議が終った。今回の会議には日本から京都大学のN教授が招待されていた。N氏は細胞死の研究の第一人者で、死に陥った細胞を食細胞が貪食する過程に関わる分子についての新しい知見を発表されていた。感想を伺ったところ、哲学的な含みのある発表がこれまでになく多い会とのことで少々驚いておられた。遺伝子、蛋白質を相手に、確実に証拠がつかめたことについてだけが発表の対象と考えている多くの研究者と同じく、想像や形而上のお話にはつい
ていけないという印象であった。私の方は、そちらの話を拒絶するというこれまでの態度が緩んでいることをはっきりと感じることができた。今までであれば聞こうともしないようなお話に反応するところがあったからだ。少なくともこのようなお話をする日本の学者はいない、という点では一致した(どこかにいるのかもしれないが、少なくとも学会での発表の機会はない)。最近の私の目から見れば、このような視点を持つ学者を抱えていること、またその声を聞こうとする雰囲気があることは、文化としての科学の幅を広げているように思えるのだが、いかがだろうか。
そのような学者の一人として、フランスには Jean-Claude Ameisen 教授がいる。最初は気がつかなかったが、話を聞いているうちにどこかで接点があることに思い当たった。実は、昨年こちらに来てネットで彼の講演を聴いていたのだ。
Conférence Marc Bloch (EHESS) を聞く (2007年 09月 23日)
今回もパワーポイントを一切使わず30分話し続けた。終ってから若い人に印象を聞いてみたところ、予想通り映像がないとわかり難いとのことであった。私の方はこちらに来てからパワーポイントなしのお話で鍛えられているのでそれほど感じなかったが、現役の科学者はパワーポイントを使うのが義務くらいに考えているかもしれない。ノーベル賞をもらっているシドニー・ブレナー氏くらいになると許されるのだろうが、、。
休憩時間にこれまでの経過をAmeisen教授にお話し、私の蓄えが増えてきた段階でディスカッションの時間を持つことに同意していただいた。また、今回は私にとって懐かしい方がニューヨークから来られていた。私がボストンにいた時のテーマが食細胞に絡むもので、その背景がなかったためこの方の論文をよく読んでいたのである。現在はマンハッタンのコーネル大学で研究を発展されているCarl Nathan教授。当時の話をすると、それは随分時間を浪費させましたねと恐縮し、現在パリにいることを伝えると、あなたはまさにtravelerですね、との正確なコメント。何が本当の科学的発展なのかについての冷静な意見を聞き、私とほぼ同じような考えの持ち主であることがわかった。
それから意外なところから、かつてわれわれの研究室に在籍していた者の消息が明らかになった。大学に移った後留学しているところまでは掴めていたのだが、その先を確かめていなかった。今回ミシガン大学にいることがわかった。発表の中に彼の立派なデータが紹介されていたからである。後で確かめたところ間違いな
いことがわかった。
今回も予想もしなかったいくつもの出会いやこれまで欠けていたピースが見つかるという不思議な経験をした。久しぶりに多くの人に会い少々疲れたが、このような会はこれまでとは違った意味で興味深い場所になりそうである。
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(5 mai 2008)
ミシガン大学に留学中のY君からメールが入った。私のことを教授が話してくれたとのことで、その英語の文面から彼の方も驚いている様子が伝わってきた。