mercredi 6 février 2008

生命を定義する  Définir la vie



大学は今週から新学期が始っている。私は月曜、火曜と講義がないこともあり、今日のお題をテーマにしたコロックに顔を出してきた。ここでもこれまでに触れてはいるが、 「・・・とは」 という問は大きな問で、いかようにも定義でき、その答えがはっきりしないことが多い。昨日のセッションを聞きながら、それぞれの人の定義に共通するところを探っていた。ある共通項は見えてくるが、それにしてもしっくり来ない。昨日の段階での率直な総括は、これは科学の領域の問題ではなく、哲学の問題ではないのか。さらに言うと、これは哲学者ではなく科学者が哲学的思考を持って事に当る方がより具体的な成果が出るのではないか、というものだった。今日、全く同じことを言っているウイルス学者がいたし、私の考えは今日も変わらない。この学者とはこれからも連絡を取り合うことにした。

今回は化学、生化学、物理学、遺伝学、ウイルス学、人工生命、天文学、哲学など領域を超えた研究者が一堂に会し、それぞれの立場から、「生命とは・・・」 という問に答えを出そうとしていた。そもそも生物と無生物の間に線引きなどできるのか、その必要があるのか。また、どのような定義をするかによって、あるものが生物になったり無生物になったりすることもある。ただ、宇宙に生命を探す動きがあり、人工生命などこれまでにはなかった生命を扱うようになると、その定義が必要になるという考えもある。

会の性格もあるのか、このような抽象的なテーマについて皆さんよく考え、奥行きのある話をしていた。いつもながら、ヨーロッパ精神を見せつけられる思いで、感心して聞いていた。中には、あなたは生きていますか、これまで出された定義を基に考えてあなたは本当に生きていますか、などと真面目に演者に質問する人も混じっていたりして面白かった。これはうまくかわされていたようだが、、、

少々疲れる話もあったが、ほとんど無限に拡がる時間と空間を思考が飛び回る様に触れ、久しぶりに心躍る瞬間もあった。満足すべき2日間だったと言えるだろう。このような答えが出ないような問を持っていること、それを考えていること自体に大きな意味があり、その人に深みを与えているようにも感じた。さらに、生命の存在こそこの宇宙における驚くべき出来事であることにもっと心から驚いてもよいのではないか。このような謎を社会や若い世代にはっきりと示し、サイエンスに興味を持たせるという実利的な意味でも、答えが出ない問にも向かい合わなければならないだろう。そうしていないと一般の人にそれが伝わらない、というようなところで会はお開きになった。


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プログラムの詳細は別ページに掲載しました。
なお、もう少し細かいお話を少しずつ再現して行こうと考えております。
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