mercredi 13 février 2008

偶然の中に



昨日は研究所まで出かけ、先日話題に上がったD氏を訪ね食事をともに取った。今年初めての顔合わせになる。お話はいつものように人生のことになる。私はその意味を知りたいと思っていると言うと、彼はすべては偶然の成せる業で、意味などないと言う。そういう点では私も同じような考えだが、それでも意味を知りたいということには変わりない。それを問い続けるという意思に変わりはない。ただ、彼はこう付け加えた。その偶然の中に何かを見つけることができるのかどうかはその人の力による、自分の中で思っていることとそれを実現させることとの間には天と地ほどの開きがある、と。

それからフランス哲学のお話になった。これまでも触れているように、フランス哲学に対する私の見方、特に功利主義的考えがないのではないか、ということを話すと、彼も認めているようであった。フランスには一般的にその傾向があって、科学の分野においては、まさにそれが問題になっている。功利主義的考えがなくて科学の発展に貢献できるのか、という見方である。現場の中心にいるとそういう考えにならざるを得ないのはよく理解できる。私もつい最近までそのような考えの影響を受けていたからだ。知るために知る、何かのために知る、この両者の対立は永遠のものなのかもしれない。そして、多くの人が理解しやすいのは後者であるということも容易に理解できる。

もう一つは、すでにここでも紹介しているが、研究所の記念行事のひとつ、メチニコフのノーベル賞受賞100周年記念シンポジウムの責任者でもある彼が、メチニコフの骨が研究所に保管されているのを知っているか、と聞いてきた。パスツールが博物館地下に眠っているのは知っていたが、メチニコフの方は初耳であったので、帰りにその場所に案内してもらった。メチニコフもまた博物館内で時を過ごしていた。それは大講堂の本棚の上で、本当に何気なく置かれているので、説明されなければ容易に見逃すだろう。丁度記念行事の準備をしている博物館の研究員の方がおられたので、しばらくお話を伺ってきた。これから展示会もあるようで、メチニコフの大きな肖像画2点やメチニコフの2度目の奥さんであるオルガさんが創ったという銅像などを見ながら、メチニコフの人となりやその仕事について思いを馳せていた。これなどは、まさにD氏が言うように、偶然の成せる出会いであった。

日々、その日の予定を書き込んだ紙を持ち歩いている。人は多かれ少なかれ、そのようにして予定をこなし日常を送っているのだろう。そして、そこに書かれてある予定は、あたかも自らの前で繰り広げられる偶然に至る扉のようなものではないだろうか。人はその扉を毎日開け、偶然に出会う旅をしているのではないだろうか。その偶然の中に何を見出し、そこにどのような意味を与えるのか、それはその人に掛かっているのだろう。彼との別れ際、そんなことを考えていた。そう考えるとこの道行きが驚きに満ちたものにもなるだろう。



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