vendredi 1 mai 2015

哲学、中国、ありがたいお言葉 La philosophie, la Chine, et des mots encourageants

1 mai 2008

昨日は、パスツール研究所の会の後、大学の研究所で行われたワークショップ(英語と一部フランス語)に顔を出した。こちらは「生物(organism) とは何か」という哲学的問に関するもの。生物学者のほとんどは気にも掛けていない問題かもしれない。あるいは結論の出ない問題として横に置いていると言っ た方が誤解がないだろうか。今年の2月に「生命を定義する」 というシンポジウムを聞いたが、その時の印象が蘇ってきた。一つの定義(a definition)を出すことは可能だろうが、万人が認める定義の決定版(the definition)に辿り着くのは不可能ではないかと思わせる内容であった。もちろん、その不可能なことを問い続けるのが哲学なのだろうが、、

今日は朝5時半の携帯から始った。お相手は、学生時代のオーケストラの先輩M氏でドイツからであった。卒業してからはお会いしていないのではないだろうか。懐かしいお声を聞くことができた。早期に退職されたのだろうか、もう10年ほど中国でお仕事をされているとのこと。今回はパリ郊外で仕事をされた後イギリ ス経由で帰られるとのことで、お会いすることは叶わなかった。お話によると、紹介されて私のブログをこれまで読んできたが、2ヶ月ほど前から見ることができなくなったという。右下のアクセス元がわかるClustrMapsでは、確かに中国に赤い点がある。当局にとってよろしくない記事でもあったのだろうか。今、3月の記事リストを見てみたところ、有害図画掲示と思われなくもない記事が見つかった。それが原因かどうかわからないが、驚いてこの話を聞いてい た。

その直後に届いたメールには、次のような励ましの言葉が添えられていた。

貴君の文章は簡明で愉しい文章です。
 明るさがあって読むものに何かしら光るものを与えるような文章です。
 いつも何かを探している人には、たのしみな文章でもあります。

全く思ってもいなかった視点からの言葉だったので、有難い気持ちで満たされると同時に勇気づけられる思いであった。La Fête du Muguet の贈り物だったのだろうか。





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