mardi 4 mars 2008

科学の現場を遠くから



日仏会議に参加するため、久しぶりに郊外へ足を伸ばしての2日間となった。また私にとっては昔の分野で活躍する現役の方々にも会うことができ、貴重な時間にもなった。会場は La Ferme となっているから農場。私のホテルは中世の僧院を改装したもので独特の雰囲気があり (今日の写真)、部屋も広く、水辺に寄って来る水鳥の鳴き声を聞きながらのプティ・デジュネ。一つの経験となった。

日本からの方の話では、研究を取り巻く環境も変わりつつあるとのこと。例えば研究費をどのように配分するのか、それはどのような研究をこれから支えていくのか、国として研究の体制をどの方向に持っていこうとしているのかということにも繋がる問題なのだろうが、そこのところを上からの視点で深い議論がされているのか疑問を持っている方もおられた。言ってみれば哲学的な課題でもあり、その点こそ真剣な議論が必要になると思うのだが、それがされないまま行政からの方針の単なる微調整に終始してきたように見えるが、いかがだろうか。

会議では多くの考えが誘発された。例えば、日本の若い方もよい研究をされているが、こちらの人との違いも強く感じた。これは今回に始ったことではないが、おそらく科学に対する姿勢の違いから来ているのではないかという印象を持った。ある研究をする時にどのような意図で向かっているのかが形としては見えるのだが、それが形に留まり、その人間の底からの叫びのようには響いてこない、訴える力が弱いのだ。これは単に言葉の問題ではなく、日本の科学の現場の文化、科学と日常との乖離、さらに個の自立のような問題とも繋がっているように感じていた。大きく言うと、科学の歴史の違いになるのかもしれない。





会議は和やかな雰囲気の中で進められていた。会議場が農場なので、発表者が回答に窮していると珍客が現れて大きな鳴き声を発した時には会場が爆笑の渦に巻き込まれていた。また以前に私のボストン時代に時間をともにしたフランス人について触れたが、彼が当時所属していたところから来ている人がいたので所在を調べてもらうことにした。よい返事が戻ってくることを願っている。

ところでこの方は5-6年前までENSで研究と教育に携わっていたとのことだったので、こちらの大学の様子を聞いてみたところ、意外な返事が返って来た。フランスでも科学史や哲学について科学者の卵が学ぶ機会は少ないという。彼もその重要性を指摘しているのだが、その上で最近の若い人を見ていると高級テクニシャンにしか見えないらしい。ひょっとするとこの現象は現代の科学のやり方に伴う内在的な問題の表れなのかもしれない、という考えが頭をもたげていた。その話の中で彼の気に入っている人物が私の顔になっているディドロであることがわかり、意気投合することになった。

それから以前に直接のコンタクトはなかったが遭遇していた方もいた。ひとりは数年前にこちらの病院で話をしたことがあるが、それを聞いていたと言う方。彼は別れ際に、ホテルに帰って科学から哲学に移って本当によかったと思うのでしょうね、とどちらにも取れる言葉を残していた。もうひとりはアメリカの方で、向こうの学会で何回も見かけているので顔は覚えていると話しかけてきてくれた。共同研究や研究所のアドバイザーをしているとのことで、日本にも年に1回は行っているようである。今回もいろいろな出会いがあった。まだすべてをまとめ切れていないが、今日はこんなところだろうか。



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